毒親育ちの罪悪感と手放し方|“自分だけ楽しんではいけない”と思っていた私の話

毒親育ちの罪悪感と手放し方|“自分だけ楽しんではいけない”と思っていた私の話

「罪悪感がある」というと、まるで悪いことをした人の話のように聞こえますよね。でも、私が抱えていた罪悪感は、誰かを傷つけたからではありません。

自分が生きていること”や“誰かと楽しんでいること”そのものに対して感じていたものでした。

たとえば、少し贅沢な食事をしたとき。

ワタナベ

親を置いて、私だけ楽しんでごめん

そんなふうに、心のどこかがチクチクと痛む。楽しいはずの時間に、どこかで“申し訳なさ”を背負ってしまう自分がいたのです。

しかも、誰もが私と同じように感じるものだと思っていたので、途中までこの考え方に疑問すらいだいていませんでした

なぜ「自分の幸せ」に罪悪感を感じてしまうのか、理由を調べていく過程でわかったことがあります。

それは、長年の精神的支配のなかで「親を優先しなければならない」という価値観を刷り込まれてきたということ。

この価値観こそが、幸せなできごとに対して罪悪感を抱いてしまう理由だったのです。

今回は毒親と罪悪感の関係性を整理しながら、呪縛から自由になる方法を一緒に考えていきましょう。私の体験談もお話するので、自分に重ねて読んでみてください。

目次

はじめに|毒親と罪悪感に悩むあなたへ

はじめに|毒親と罪悪感に悩むあなたへ

私のように、毒親だと気づく前に、意味もわからず罪悪感を抱く人もいるでしょう。でも、大半の人が、毒親に育てられたと気づいた瞬間から心に罪悪感を抱えるようになります

特に「親を悪く思ってはいけない」「産んでくれた人を責めてはいけない」という思いが、自分の本音を封じ込めてしまうのです。

ワタナベ

しかし、それはあなたが間違っているからではありません。毒親から刷り込まれた価値観によるものです。

自分を責めるのは今日で終わりにして、明日からは心の本音部分に耳を傾けていきませんか。

「毒親」とは?心理的特徴とよくある行動パターン

「毒親」とは?心理的特徴とよくある行動パターン

「毒親」とは、子どもの健全な心の発達を妨げるような言動を繰り返す親のことを指します。

悪意がなくても、結果的に子どもの人格や自尊心を傷つけていることが多いです。

具体的な毒親の特徴には、以下のようなものがあります。

  • 過干渉
    子どもの選択や行動に強く口出しして自立を妨げる
  • 否定・批判
    子どもの感情や価値観を無視して人格を否定するような発言をする
  • 支配・コントロール
    罪悪感や恩着せで子どもを思い通りに動かそうとする
  • 情緒不安定
    日によって態度が変わることで子どもが常に親の機嫌を伺うようになる

これらは一見、しつけや愛情に見えるかもしれません。

しかし、無意識に子どもに「愛されるためには我慢が必要」と思わせてしまう点に問題があります。

なぜ毒親育ちだと罪悪感を抱きやすいのか?

なぜ毒親育ちだと罪悪感を抱きやすいのか?

毒親育ちの人は「自分が悪い」と感じやすく、強い罪悪感を抱きがちです。

背景には、親からの心理的支配や価値観が影響しています。

ここからは、どのような場面で罪悪感が表れるのか、具体的なパターンを見ていきましょう。

自立しようとしたとき

毒親との関係に疲れ、距離を置こうとするとき、多くの人が「見捨ててしまう気がする」と苦しみます。

まるで、自分が親を冷たく突き放す非情な人間であるかのように感じてしまうのです。

ワタナベ

実は、私も初めての引っ越しで感じました。

自立を妨げられて、半ば絶縁状態で実家から出たのが23歳のときです。

ろくに連絡も取っておらず、家族との接点はなかったのに毎日親を捨てたような罪悪感がありました

この感情の裏には、子ども時代に身につけた「親の感情を優先するクセ」があります。

泣いたり怒ったりする親に対して、機嫌を取ったり我慢したりしてきた経験ありませんか?

ワタナベ

これが、無意識に「親を悲しませてはいけない」という刷り込みをつくっていたんです。

たとえ親の言動に傷つけられ続けていたとしても「自分が悪いのでは?」という思い込みが罪悪感となり、行動を制限してしまいます。

毒親以外の人と贅沢を味わったとき

罪悪感は、自分を責める気持ちとして日常のあらゆる場面に入り込んできます。

ワタナベ

私自身が特に強く感じていたのは、「自分だけが楽しんでいるとき」でした。

たとえば恋人と高級レストランに行ったとき、頭に浮かんだのは「家族に申し訳ない」という気持ち

誰かと一緒でも、1人で贅沢しても「私だけ楽しんでごめん」と感じてしまう。

だから近場に出かけただけなのに、罪滅ぼしのために家族にお土産を買って帰ることもよくありました。

また、ほぼ毎週、仲違いを起こしていたような家庭だったこともあり、出かけることへの罪悪感は大きかったです。

直前にケンカに巻き込まれてたら、前々から予定していた自分の予定を当日キャンセルすることなんてざら

ワタナベ

たしかに、毒親から「こんな状況で出かけるんだ」「1人だけ楽しそうでいいね」なんて、わかりやすくは止められていません

ワタナベ

自分で予定をキャンセルしているわけで、毒親のせいとは言えないでしょう。

でも、すべて子どもながらに察した自発的な行動です。

私は、この罪悪感を10代前半から感じてたこと自体が、毒親から支配されていた決定的な証だと思うのです。

毒親育ちの罪悪感を切り離す3つの考え方

罪悪感を理解して切り離す3つの考え方

罪悪感をなくすには原因を理解し、距離を取ることが大切です。感情そのものを「悪いもの」と見なすのではなく、正しい視点で見つめ直す必要があります。

ここでは、罪悪感を整理し手放すための3つの考え方を紹介します。

課題を分離する

毒親との関係で感じる罪悪感の多くは「親の課題」を自分の問題として背負いこんでしまっていることが原因です。

そのため、自分の責任と親の責任を切り分ける「課題の分離」が重要になります。

たとえば「親が寂しがるから会わなければいけない」と思うのは、親の感情に自分が巻き込まれている状態です。

親が寂しいと感じるのは親の課題であり、それをどう扱うかも本来は親の責任です。

自分の人生や心の状態を守ることは「自分の課題」として尊重されるべきなのです。

この線引きができるようになると、罪悪感は次第に和らぎ、行動の自由度も高まります。

境界線(バウンダリー)を理解する

罪悪感から解放されるには、心の境界線=バウンダリーについて理解することが欠かせません。

これは「自分の感情」「自分の選択」「自分の責任」を明確にするための土台となる考え方です。

たとえば、親が怒ったときに「自分のせいだ」と感じてしまう場合、バウンダリーが曖昧になっていることが多いです。

感情や行動の責任をすべて自分が背負っているような感覚が、常に罪悪感を生み出してしまいます。

これは恋人や友人、属しているグループなどでも同じように考えてしまう人が多いです。

バウンダリーを学ぶと「それは親の感情であって、自分の責任ではない」と認識できるようになります。

ワタナベ

私も、今は「これは私の人生だ」と心の中で言い聞かせることが癖になっています。

これは毒親あるあるかもしれませんが、何をするにもなにかを選ぶとき、否定する親の顔や声が頭に浮かんでしまうんですよね。

でも、最後には「これは私が責任を持って選ぶ」と決め直すようにしているんです。

たとえ不安になっても、もう「親にどう思われるか」で決めたくないんです。

だから「自分がどうしたいか」を問い直すように意識していたら、だんだん自分の心を守れるようになってきました。

客観的に罪悪感を整理する

罪悪感を感じたとき、本当に妥当なものかを冷静に見つめ直すことで、感情に飲まれずに済むようになります。

ここで重要なのは、その罪悪感は誰のためのものか?という視点です。

たとえば「連絡を返さないのは親に悪い」と感じたとき。

本来、自分の用事があって連絡を返せないのは仕方のないことです。なのに、連絡できないことを親に申し訳なく思ってしまう

私は、この感情をしっかりと紐解いてみました。すると、

ワタナベ

連絡を返せないことを申し訳なく思っているというよりも、

すぐに返事をしてくれるだろうと考えている親の期待に応えたいという気持ちがありました。

自分で気づけてなかったことからも、これが無意識の反応だということがわかります。

これは一例ですが、本来の自分の気持ちを理解できていない毒親育ちさんは多いのではないでしょうか?

ここでおすすめの方法は、自分の気持ちを紙に書き出してみることです。

  • 今、どんな感情があるか
  • それは誰の影響か
  • 自分はどうしたいか

上記の視点から罪悪感を可視化することで、主観と客観のバランスが整うようになります。

毒親育ちの罪悪感から自由になるための対処法4つ

罪悪感から自由になるための対処法4つ

罪悪感は「考える」だけでは解消されません。心と身体にしみついた反応だからこそ「行動」でアプローチすることが効果的です。

ここでは、私の経験上、罪悪感から少しずつ解放されたと感じた4つの方法を紹介します。

感情を言語化する

感情は言葉にしないと溜まりやすく、放っておくと罪悪感や自己否定へと変わっていきます。

「今、自分は何を感じているか?」を、丁寧に言語化することが第一歩です。

ワタナベ

先ほどもお伝えしたように、日記やノートに書き出すのがおすすめです。

誰かに見せるためのものではありません。自分だけの安心できるスペースとしてノートを用意し、そこに気持ちを吐き出すように書いてみましょう。

抑え込んでいた気持ちが少しずつ解放されていくのが、自分でもわかると思います。

「怒ってもよかった」「怖かった」といった感情を文章で認めていくうちに、自分の気持ちを大事にしてもいいという感覚が育まれていきます。

私も小学生のころ、紙に感情を殴り書きすることで、どうにか気持ちを整理しようとしていました。
まだ語彙も少なかったけれど、自分の中に渦巻く感情をどうにか外に出したかったんだと思います。

でも、学習机に隠していたボロクソに書いた紙を親に読まれ「親に対して酷いことを書くな」と怒られました

ただしその方法でしかストレスの発散ができなかった私は、何回も書いては隠し、それを学校に行っている間に探し出され、帰宅すると怒られるなんていうループになっていました。

ワタナベ

そんな経験から「感情を紙に書くのは悪いことなんだ」と思い込むようになっていったんです。

そのうち書くことだけでなく、表現することや気持ちを出すことにすら罪悪感がついて回るようになってしまいました。

私と同じような体験がある方は、初めからスラスラ書けないかもしれません。書くこと自体に抵抗を感じる可能性もあります。

でも、1文字でもいいので、書き始めてみる。

感情を表に出さないようにしていた人ほど書き出すと止まらないという体験をしてほしいです。

信頼できる人やカウンセリングで想いを共有する

罪悪感は自分の中だけで抱えていると、どんどん大きく育ってしまいます。だからこそ、信頼できる相手に話すことが、解放への一歩となります。

友人やパートナー、カウンセラーなど「否定せずに話を聞いてくれる人」であれば誰でも大丈夫です。

あまりに近い関係性だと話せないという毒親育ちさんもいるので、信頼できる近所のおばさんとかでもいいかもしれません。

自分の思いを声に出して伝えることで「こんな風に感じてよかったんだ」と気づくきっかけになります。

ワタナベ

ここでも、また体験談をお話ししますね。

私がはじめて「気持ちを外に出してもいいかもしれない」と思えたのは、今の彼氏からもらった1通の手紙がきっかけでした。

そこには「なんでもかんでも自分のせいにしちゃうけど、もうこれ以上自分を責めないで」「いつでも聞くから、気持ちは吐き出すようにしてね」と書かれていたんです。

手紙自体は誕生日に贈られたものだったし、その時期に何か苦しんでいたということはありませんでした。

だけど、手紙を読みながら、自分の涙で心を洗い流せるのではというくらい泣いてしまったんです。

そして、不安はありましたが、思いきって少しだけ親の話をしてみました。

ワタナベ

初めから「うちはいわゆる毒親でさ…」と、軽蔑されるような出だしで話し始めたのを覚えています。

すると彼は責めるどころか、本当に最後まで否定せずに聞いてくれて「がんばったね」と言ってくれました

その瞬間、心のどこかで思っていた「親にむかってこんな気持ちを抱くなんて…」という感情を少しだけ許すことができた気がします。

ワタナベ

誇張なしで、生きているなかで「話してもいい」「こんな自分でも受け入れてもらえるかもしれない」と思えた体験でした。

毒親と距離をとる

気持ちを話すことと同時にやってみて効果があったのが、物理的な距離をとることでした。

ただし、いきなり絶縁しようとするのではなく、まずは「一歩だけ離れてみる」ことから始めるのがおすすめです。

ワタナベ

スピードや距離をいきなり離すと、その分苦しむような気がします。

具体的には、以下のような方法があります。

  • 返信をすぐに返さず、時間をおく
  • 会う頻度を月1回から数ヶ月に1回にする
  • 家族の話題になったときは話題を変える

こうした小さなことの積み重ねでは、何も進展してないように思うかもしれません。

でも自分を守りながら、少しずつ感覚を取り戻すリハビリ期間のようなものだと考えてください。

私の場合は、彼氏の実家に避難するという最短最速の絶縁をしてしまいました。

なので、毒親から連絡が来なくても私自身が家族について考えることが多くなってしまったんです。

毒親育ちさんは、基本的に自分の気持ちや考えを否定されてきています。

ワタナベ

そのため「親に逆らって家を出る」という選択をした自分の考えに自信が持てません。

後悔はしないのですが、本当にこれでよかったのかという気持ちを抱え続けることになるはずです。そしてこの気持ちから解放されるのにも時間がかかります

こんな後遺症を抱えないためにも、毒親と距離をとるときにはゆっくりと一歩ずつ進めるのがおすすめです。

自己を肯定する

罪悪感から自由になるためには「自分を責める声」を和らげていくことが大切です。そのために有効なのが、アファメーションという肯定的な言葉の習慣化です。

たとえば、こんな言葉があります。

  • 自分の気持ちを大切にしていい
  • 距離を取ることは悪ではない
  • 私は私の人生を生きていい

声に出したり書いたり、スマホのメモに保存するなどして、何度も触れていく。自分の価値観を上書きして、心の浄化を図ります。

人によっては、ここが1番難しいかもしれません。私も、もれなく自己肯定で苦労しました。

ワタナベ

私の場合、気合いをいれて言ったり書いたりすると、心の中で「そんなわけない」とツッコミをいれる時間をつくってしまうんです。

なので、あまり効果がありませんでした。

代わりに取り入れたのが、受験生方式。記憶したい単語とか数式をトイレに貼って、強制的に復習するようなやり方を採用してみました。

すると、ツッコミの時間がないので心にすっと入ってきたんです。

実際に取り入れてみたのが、スマホのロック画面に使う画像を自作して設定することでした。

スマホは毎日かならず使うので、1日に何回も心の浄化がされます。

ロック画面をわざわざ読まなくなったころには、もう無意識化で浄化されていたのもこの方法のポイントでした。

まとめ|毒親育ちでも幸せになる権利があるし、罪悪感から解放されていい

まとめ|毒親育ちでも幸せになる権利があるし、罪悪感から解放されていい

罪悪感は、自分が悪いから生まれるのではありません。

むしろ、愛されたい・わかってほしいという自然な願いが叶わなかった苦しみの証です。

今はその苦しみを抱えながらでも、一歩ずつ前に進む力を育てることを優先してください。

自分を大切にすることに、後ろめたさを感じる必要はありません。

毒親育ちでも幸せになる権利があるし、罪悪感から解放されていいんです。

私自身、もし過去の自分に声をかけられるなら、こんなふうに伝えたいです。

ワタナベ

家族にそんなに期待しないで、美化しすぎだよ。
でも、よくがんばってるね。

ワタナベ

そんなに媚びても何も返ってくることはないよ。全部やってあげたこと、親は忘れてる。

でもやっぱり、よくがんばってるね。

誰にも言えなかった言葉を、今の自分が届けてあげられるようになったとき、自分の味方になれていると気づけるはずです。

毒親育ちの罪悪感と手放し方|“自分だけ楽しんではいけない”と思っていた私の話

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この記事を書いた人

普段はWeb系のフリーランスとして約8年間活動しています。

28歳でようやく「自分として生きられる」と感じられるようになりましたが、背景には“毒親育ち”という大きな影響があります。

このブログでは、同じように悩む人が少しでも安心できる場所を目指しています。

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